作者コメント:アリスちゃんと魔王クンのお話。
パラディメ本編時代より、約12〜13年前かな?
クラウナーズ時代より後のお話です。
冷たい雨。
もう秋だというのに下着同然の格好に
スラムで見つけた薄いコートだけを着込んで歩く。
年はまだ10代だろう。
器量は悪い方ではないし、仕草もがさつではない。
そんな女が金の髪を濡らし慣れない早足で歩いているのだから
通行人の視線やヒソヒソと耳障りな声がその背中に突き刺さる。
でも、そんなことはどうでもいい。
手には初めて体を使って手に入れた金を握り締めて
目的の場所へ急ぐ。
彼女の汗と雨の水分を吸って、まるで彼女自身の体の一部のように張り付く
ぐしゃぐしゃになった札の感触だけが彼女に現実感を与えていた。
今殺されても、金だけは放さないだろうな・・・なんて深い意味無く頭をよぎる。
「はい。いらっしゃいー。」
殆ど転がり込むように入った店で、
防弾ガラスに囲まれたカウンターから店主のくぐもった声が
小さく流れるBGMに乗って彼女に届いた。
「武器専門店」
目を凝らしてやっと文字を理解できるほどの古びた看板を見て
彼女は上がった息を2,3肩を大きく上下させ整える。
彼女以外に客は一人しかいないようだった。
わざわざ雨の日に物騒なものを買いにくるとなると、かなり切羽詰った人物だろう。
小さくてもここの様に表通りに出している店に、足がつきそうなものを求めるやつはいない。
退屈なのだろう。
店主は一瞬、訝しげに彼女を見て、何をお探しで?と面白みの無い定型文を投げ掛けたが
特に反応を返さないので、彼女で時間を潰すのは諦めたようだ。
彼女はカツカツとヒールの音を響かせて、
呼び寄せられるようにカウンター横の巨大な剣を、その虚ろな目で見つめた。
「バスタードソード」と書かれたプレートにさまざまな値段が並んでいるが、
金額より彼女の細く白い体に合うものは無いように見える。
おそらく両手で支えても、振り上げることも出来ないだろう。
けれど、彼女の生気を失った目は剣から視線を外すことも出来ない様だった。
と・・・・いきなりBGMに飲み込まれそうな小さな声が聞こえた。
「君には・・・それ・・・無理じゃない・・・?」
慌てて振り返ると彼女に背を向ける形で、
クロスボウを見つめる少年が彼女の視界に入る。
「何・・・?なんなの!?放っといてよ!!」
「・・・・・・放っておいても良いけど、
重そうに引きずって歩いてると帰る前にスリに合うよ。
こっちの方が良いと思うけど・・・・?」
「うるさいわね!!アンタ誰よ!!
後ろ向いてないで堂々とこっち向いて話したらどうなのよ!!!」
彼女の声が段々大きくなる。
慌てて警察に連絡しようとした店主に、少年は顔だけを向けて大丈夫と仕草を送ると
肩をすくめて彼女に向き直る。
「失礼。・・・・覚えてるかな・・・?エイリーン。
あ・・・・今はアリスだっけ?
オレはシャーレントの魔王だよ・・・・」
少年は肩に届きはしないが少し長めの黒くさらっとした髪を揺らして微笑む。
いや、微笑むとはいっても目は笑っていない。
吸い込まれそうな、怪しい瞳を見て彼女は息を呑む・・・が
「誰がエイリーンよ!!!私は、A・L・I・C・E!!アリスなのよ!!!
誕生日はエイプリルフール!!職業は娼婦!!
生まれは、西スラムのエイトストリート三軒目!!!」
いっきに捲くし立て、今にも噛み付きそうな目でさっき以上に甲高い声をあげる。
「へぇ。詳しく聞きたいな。その偽プロフィール。どこまで煮詰めてあるの・・・?
その一文字ずつ名乗るの・・・E・I・L・E・E・Nっていうので、昔聞いた事があるよ・・・」
「うるっさいなぁー!!!」
思いっきり彼女が放ったとび蹴りはあっさりとくすくす笑いを続ける少年・・・・シャーレントの魔王にかわされる。
よろけた所で魔王に抱きかかえられながら、まだバタバタと暴れようとする。
「娼婦して稼いだ金で、そんな剣持つのって・・・・なんかの洒落?」
魔王の一言一言で彼女の怒りはドンドン膨れ上がっていくようだった。
「アンタにはわかんないわよぉ。
だから魔族って大嫌いなのよぉー!!!」
うわーんと泣き出す彼女の肩を叩きながら、彼女の返答も聞かずに
さっさとクロスボウを購入し、彼女に持たせる。
「武器なんて要らないと思うけど・・・・まぁ、護身用だね・・・
娼婦して手に入れた金使って元カレと同じ武器持っても、使えないし
親への反抗にしては可愛さがない。
ましてや元カレが喜んで、帰ってくると思う?悲しむと思うよ。」
「うわぁーん。元カレじゃないもん。あんなの彼氏じゃないもんー!!!
私置いて居なくなったんだから、悲しめばいいのよぉー!!!」
二人のやり取りを聞いてて、なんとなく事情を自分なりに理解したのだろう。
店の奥から店主が出てきて、
何故か目頭を押さえつつ彼女の背中を撫でる。
「お嬢ちゃん・・・詳しい事情はしらねぇが、
きっとご両親はアンタの事を思って交際を反対したんだ。
きっと、彼氏さんもいつか立派になって迎えに来てくれるさ。
そんな一時の感情で、人生投げちゃぁなんねぇよ・・・」
店主はそういうと、ポケットからキーを取り出し、まだ泣いている少女に渡す。
「大丈夫だ。おじさん小さなアパートの大家もやってるんだ。
娼婦なんてするもんじゃねぇ。
使ってない部屋に、落ち着くまで居ていいから。
あ、ほら、弟さんも一緒に!!」
弟と呼ばれ、少しきょとんとしながらもすぐに何かを理解したようで、
魔王は嬉しそうな仕草を大げさにしてみせた。
「ありがとうございます!!
住む場所が出来たら姉さんも、娼婦なんてせずに居てくれると思います!!」
ポケットからハンカチを出して涙を拭う振りをする魔王と、
勝手な解釈をしている店主にアリスは力いっぱい叫んだ。
「うわぁーん。全然間違ってるぅー!!!
私は娼婦をして、両親を泣かせて、
このでっかい剣で仕返しするのぉーー!!!」
泣き叫ぶが、もう誰もアリスの相手はしてくれなかった。
結局、剣も手に入らず、安全な部屋まで手に入れて
何のチャンスも持てずにそのまま流れに流され、15年・・・・・
「姉さん・・・おはよ・・・・朝だよ?」
彼女の周りを包む暗闇から視線を上げると、目の前に黒髪の少年が見えた。
「誰が姉さんよ。ふざけるなぁ!!」
自分の頭の下に敷いていた枕を思いっきり魔王にぶつける。
「おっと・・・朝から元気だね・・・。で。オレたちはもう行くけど・・・?」
枕を簡単に受けて、ベッドに置き直すと魔王は
彼の後ろで、コンクリートうちっ放しの壁と全く合わない木目のチェアーに腰掛けた暗い色の長い髪の少年に合図する。
「アリス、止めとけば?
危ない魔族とか、危ない人間とか、危ない神とか、
頭のおかしい魔王とかいっぱい居るんだぞー?」
長髪の少年が心配そうに、彼女に声をかける。
頭がおかしいと言われても自分の事ではないという風に
微笑んでいる魔王に視線を向けながら、
彼女はベッドから、だるさで重く感じる裸同然の上体を起こす。
「頭がおかしい魔王は遠慮したいけど
良いのよ。だって、私が居ないと通れない関所とか、
会えない貴族とかいっぱい居るでしょ。」
ウインク一つ、長髪の少年に投げかけると、
夕べ用意しておいた服を纏い、化粧をしながらテキパキと旅支度をする。
「悔しいけど・・・コレ使ってあげる。
あの後、ココの大家には売って貰いにくいから
通信販売でバスタードソード購入したけど、やっぱり振り回せないわ。」
そういうとその細い腕にクロスボウをセットする。
魔王はくすっと笑ったが、長い髪の少年は意味もわからずに、彼女と魔王を交互に見比べている。
「はい。マルス君。
用意完了。さぁ、行くわよ。」
長い髪の少年に手を引いて、急かすようにドアを開ける。
外はあの日と同じグレイの空と冷たい雨。
それでも、運命を感じて何の躊躇いも無く旅立てる。
15年間待ってた時がやっとやってきた気がした。